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- 04/16 [PR]
- 05/25 19. りつ子ママと大学の友達 その7
- 05/18 18. りつ子ママと大学の友達 その6
- 05/11 17. りつ子ママと大学の友達 その5 三宮ラウンジS OPEN
- 05/03 16. りつ子ママと大学の友達 その4
- 04/29 15. りつ子ママと大学の友達 その3
Title list of 三宮のお店 ラウンジS
[1]
[2]
夏休みが近い日、大学生協の本屋で治子とすれ違った。
治子ー、と声をかけると 彼女の表情がこわばった。
何かあったな、という直感と
治子の「時間、いい?」というNOとは言えない問いかけと。
私たちはそのまま 学生会館内の喫茶店OffTimeに入った。
席と席の間隔は狭く、誰もがそれぞれに話しているので
声をひそめると会話にならない。
治子は小さな声で話し始めたが
だんだん声のトーンが普通レベルになっていった。
治子と里香の二人が りつ子ママに連れて行かれたセレクトショップが
りつ子ママと治子、里香の3人を詐欺で告訴したのだ。
この社長は ラウンジSに何度も来て下さっていたお客さん。
服の代金は気にしなくていい、とりつ子ママは言っていた。
実際のところ 里香と治子の服代金
それぞれ 約7万円・約16万円は全く支払われておらず
ショップの社長は何度も請求したものの
のらりくらりとかわされていたまま りつ子ママが逮捕されてしまった。
治子と里香も 支払うつもりがないのに商品を持っていった、
この3人はグルだ、と 告訴になったという。
治子と里香は、告訴状が届くまで代金が支払われてない云々は
全く知らなかったとのこと。
この話を治子から聞いたその時には もう何もかも終わっていた。
里香と治子、それぞれの親御さんが代金を支払うことで
告訴は取り下げられたとのこと。
絶句するしかなかった。
この話を私にするつもりもなかったという。
言うと 紹介者として責任を感じてしまうだろうから。
「今まで生きてきた世界とは違う場所なんだよ、夜の世界は。
興味本位で入っちゃいけなかったんだよ。」
そう言うとしばらく治子は唇をかみしめて黙り込んだ。
「貴子にこれまで何も起こっていないのは 奇跡が重なってるだけだと思う」
学校の中なのに 学校という世界から遠い話。
「そうかもしれない」と口にして それから何も言葉が出てこなくなった。
「図書館に行くね」気詰まりな席を先に立ったのは治子だった。
人に何かを紹介すると、それが思わぬ方向転換になることがある。
この時以来 人に何かを紹介する時はかなり慎重になった。
男友達の挨拶代わりの「女の子紹介して」ですら。
夏休みが明け 治子とは学校で何度か顔をあわせるものの
ゆっくり話すことはなかった。
クリスマスが近い時期 駅で偶然会い、目的地が同じ方向だったので
道中雑談が始まった。
当たり障りのない話のあと 夏休み前の事件について話が及んだ。
「あの時はごめんねー、心配かけて。でももう大丈夫だよ♫」
歌うように治子は言う。
あれから何かバイトしてるの?と問うと
治子は ふふふ、と含み笑いを漏らした後
「今は梅田のキャバクラ♫」と やっぱり歌うように彼女は言った。
語尾には本当に音符がついていた。
吉本新喜劇なら 舞台の上にいる全員がこけるところだ。
ーーーーー
治子も里香も、就職して地元に帰っていった。
大学を卒業してからは一度も連絡をとっていない。
その後のりつ子ママについては何も知らない。
O部長とは しばらくは食事をする機会があった。
りつ子ママが逮捕された時 既に前科があったことを聞いた。
だけど、その話は触れてはいけない雰囲気で それ以上は知る由もなかった。
O部長は 私が貴子でなくなり社会人となった以降、
何度か仕事でお世話になった。
彼の転勤で疎遠になり それっきり会っていない。
何年も前のことだが 某リゾート施設の特集番組で、
責任者として話すO部長を偶然見た。相変わらず隙のない紳士だった。
彼については あまり多くを書かなかったけれど とてもとても魅力的な方だった。
三宮ラウンジSの話はこれで終了。
◆◆◆ 目次 ◆◆◆
治子ー、と声をかけると 彼女の表情がこわばった。
何かあったな、という直感と
治子の「時間、いい?」というNOとは言えない問いかけと。
私たちはそのまま 学生会館内の喫茶店OffTimeに入った。
席と席の間隔は狭く、誰もがそれぞれに話しているので
声をひそめると会話にならない。
治子は小さな声で話し始めたが
だんだん声のトーンが普通レベルになっていった。
治子と里香の二人が りつ子ママに連れて行かれたセレクトショップが
りつ子ママと治子、里香の3人を詐欺で告訴したのだ。
この社長は ラウンジSに何度も来て下さっていたお客さん。
服の代金は気にしなくていい、とりつ子ママは言っていた。
実際のところ 里香と治子の服代金
それぞれ 約7万円・約16万円は全く支払われておらず
ショップの社長は何度も請求したものの
のらりくらりとかわされていたまま りつ子ママが逮捕されてしまった。
治子と里香も 支払うつもりがないのに商品を持っていった、
この3人はグルだ、と 告訴になったという。
治子と里香は、告訴状が届くまで代金が支払われてない云々は
全く知らなかったとのこと。
この話を治子から聞いたその時には もう何もかも終わっていた。
里香と治子、それぞれの親御さんが代金を支払うことで
告訴は取り下げられたとのこと。
絶句するしかなかった。
この話を私にするつもりもなかったという。
言うと 紹介者として責任を感じてしまうだろうから。
「今まで生きてきた世界とは違う場所なんだよ、夜の世界は。
興味本位で入っちゃいけなかったんだよ。」
そう言うとしばらく治子は唇をかみしめて黙り込んだ。
「貴子にこれまで何も起こっていないのは 奇跡が重なってるだけだと思う」
学校の中なのに 学校という世界から遠い話。
「そうかもしれない」と口にして それから何も言葉が出てこなくなった。
「図書館に行くね」気詰まりな席を先に立ったのは治子だった。
人に何かを紹介すると、それが思わぬ方向転換になることがある。
この時以来 人に何かを紹介する時はかなり慎重になった。
男友達の挨拶代わりの「女の子紹介して」ですら。
夏休みが明け 治子とは学校で何度か顔をあわせるものの
ゆっくり話すことはなかった。
クリスマスが近い時期 駅で偶然会い、目的地が同じ方向だったので
道中雑談が始まった。
当たり障りのない話のあと 夏休み前の事件について話が及んだ。
「あの時はごめんねー、心配かけて。でももう大丈夫だよ♫」
歌うように治子は言う。
あれから何かバイトしてるの?と問うと
治子は ふふふ、と含み笑いを漏らした後
「今は梅田のキャバクラ♫」と やっぱり歌うように彼女は言った。
語尾には本当に音符がついていた。
吉本新喜劇なら 舞台の上にいる全員がこけるところだ。
ーーーーー
治子も里香も、就職して地元に帰っていった。
大学を卒業してからは一度も連絡をとっていない。
その後のりつ子ママについては何も知らない。
O部長とは しばらくは食事をする機会があった。
りつ子ママが逮捕された時 既に前科があったことを聞いた。
だけど、その話は触れてはいけない雰囲気で それ以上は知る由もなかった。
O部長は 私が貴子でなくなり社会人となった以降、
何度か仕事でお世話になった。
彼の転勤で疎遠になり それっきり会っていない。
何年も前のことだが 某リゾート施設の特集番組で、
責任者として話すO部長を偶然見た。相変わらず隙のない紳士だった。
彼については あまり多くを書かなかったけれど とてもとても魅力的な方だった。
三宮ラウンジSの話はこれで終了。
◆◆◆ 目次 ◆◆◆
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三宮のラウンジSから離れ、私は日常に戻っていった。
学校に行って 週に2日か3日 芦屋の店にバイトに行く。
2週間、ヒロとはゆっくり過ごせなかったけれど いつも通り授業の合間に
顔を合わせていた。
終わってみれば りつ子ママに振り回されたあれこれも
慌ただしく過ぎていくひとつのイベントのように思えた。
すっかり暑くなった頃、朝早い時間に治子からの着信。
私が学校に行くまでに話をしたかった、という口調から
いい話ではないと悟った。
りつ子ママが前日の夜 現行犯逮捕されたという。
お客さんから入店時に預かったバッグを持ち去ろうとしたらしい。
被害者は例の宝石商。
O部長はその日休みだったのを 急遽店にかけつけ
閉店後 ホステスたちを集め、迷惑をかけたことを詫びたうえで
翌日からは チーフ中心に営業することを話したという。
いつもは歌うように話す治子の声は重かった。
りつ子ママが いつかトラブルを起こすと思っていた。
治子や里香には言わなかったけれど。
紹介したせいでごめんね、と言うと
「貴子のせいじゃないよ」とため息にまみれた言葉が返ってきた。
治子は きっと近いうちに店を辞めるだろう。
トラブル予想を言わなかった私の負い目は それまで続くような気がしていた。
事実、トラブルはこれだけではなく 治子本人に直接ふりかかってきた。
◆◆◆ 目次 ◆◆◆
学校に行って 週に2日か3日 芦屋の店にバイトに行く。
2週間、ヒロとはゆっくり過ごせなかったけれど いつも通り授業の合間に
顔を合わせていた。
終わってみれば りつ子ママに振り回されたあれこれも
慌ただしく過ぎていくひとつのイベントのように思えた。
すっかり暑くなった頃、朝早い時間に治子からの着信。
私が学校に行くまでに話をしたかった、という口調から
いい話ではないと悟った。
りつ子ママが前日の夜 現行犯逮捕されたという。
お客さんから入店時に預かったバッグを持ち去ろうとしたらしい。
被害者は例の宝石商。
O部長はその日休みだったのを 急遽店にかけつけ
閉店後 ホステスたちを集め、迷惑をかけたことを詫びたうえで
翌日からは チーフ中心に営業することを話したという。
いつもは歌うように話す治子の声は重かった。
りつ子ママが いつかトラブルを起こすと思っていた。
治子や里香には言わなかったけれど。
紹介したせいでごめんね、と言うと
「貴子のせいじゃないよ」とため息にまみれた言葉が返ってきた。
治子は きっと近いうちに店を辞めるだろう。
トラブル予想を言わなかった私の負い目は それまで続くような気がしていた。
事実、トラブルはこれだけではなく 治子本人に直接ふりかかってきた。
◆◆◆ 目次 ◆◆◆
ラウンジSは無事にOPENした。
店の初日というのは どこも関係者で埋まるもの。
一見さんはほとんど来ないと思っていたら 予想外のご来店があり
慌ただしく忙しく派手なオープニングとなった。
水商売デビューの治子と里香も 緊張した笑顔でスタート。
それでも案ずるより産むが易し、元々おしゃべりが好きなので
緊張は解けていったようだ。
ロッカー室で すれ違った里香に「どう?」と聞くと
「なんとかやってるー」と明るい声が返ってきた。
私は りつ子ママの持ち客の席につくことが多かった。
「私の妹」と紹介されながら。
りつ子ママもO部長も 挨拶で忙しい。
あちこちの席を行ったり来たりで 二人ともちっとも落ち着かなかったけれど
これはこれで店のオープニングとしては成功といえる。
3日間は大盛況だった。
オープンから1週間経ったある日、
出勤するとりつ子ママと男性がBOX席で向かいあっていた。
店のオープンには早い時間帯で まだ店の照明が煌煌と明るく
黒服たちもネクタイをしていない状態で作業をしていた。
控え室に向かう私に りつ子ママは機嫌がよさそうな声で
準備ができたら席に来るように言った。
男性は オープンにも来て下さった りつ子ママのお客様。
背が低く小太り、口数は少なく穏やかに飲むタイプ。仕事は宝石商。
テーブルの上にはベルベットの内張りのあるアタッシュケースが広げられ
いくつもの宝石が並んでいた。
「ねえ、どっちがいいと思う?」
右手にメキシコオパール、左手にピンクサファイヤを光らせて りつ子ママが問いかける。
華奢な指にごろりとした指輪。台座が厚く 特徴的な細工を施してある。
りつ子ママからもらったルビーの指輪は
そのアタッシュケースに入っていたものだと悟った。
赤い偏光のメキシコオパールを指差し、今日のりつ子ママにはこっちですね、と言うと
りつ子ママは「じゃ、これにするわ」と小悪魔な笑顔を男性に向けて立ち上がり
あらゆる角度から石の光り具合を確かめながら店の奥へ消えていった。
残された宝石商はアタッシュケースをしまい、静かに出口に向かう。
「社長、終わり頃来てねー」とりつ子ママが奥から叫ぶと
宝石商は嬉しそうな表情になった。
照明が絞られ 店がオープンする。
オープニングの3日間の騒がしさは落ち着いていた。
店が終わると りつ子ママにホストクラブに連れて行かれつつ
2週間は過ぎていった。
更に2週間 延長して欲しいと言われたけれど、きっぱり断った。
「時々でいいから手伝いに来てな?」と言われたが
ホストクラブを含むりつ子ママのごり押しに
なんだかんだでつきあったのも 2週間というリミットがあってこそ。
治子に 私は辞めるけどがんばってね、と告げると
「今度同伴してね」と言われた。
人気も出て 今やすっかり自信がつき、2週間前とは別人のように大人っぽくなった。
「紹介してくれてありがとう」とも言われた。
この話はここで終われば良かったのだが。
◆◆◆ 目次 ◆◆◆
店の初日というのは どこも関係者で埋まるもの。
一見さんはほとんど来ないと思っていたら 予想外のご来店があり
慌ただしく忙しく派手なオープニングとなった。
水商売デビューの治子と里香も 緊張した笑顔でスタート。
それでも案ずるより産むが易し、元々おしゃべりが好きなので
緊張は解けていったようだ。
ロッカー室で すれ違った里香に「どう?」と聞くと
「なんとかやってるー」と明るい声が返ってきた。
私は りつ子ママの持ち客の席につくことが多かった。
「私の妹」と紹介されながら。
りつ子ママもO部長も 挨拶で忙しい。
あちこちの席を行ったり来たりで 二人ともちっとも落ち着かなかったけれど
これはこれで店のオープニングとしては成功といえる。
3日間は大盛況だった。
オープンから1週間経ったある日、
出勤するとりつ子ママと男性がBOX席で向かいあっていた。
店のオープンには早い時間帯で まだ店の照明が煌煌と明るく
黒服たちもネクタイをしていない状態で作業をしていた。
控え室に向かう私に りつ子ママは機嫌がよさそうな声で
準備ができたら席に来るように言った。
男性は オープンにも来て下さった りつ子ママのお客様。
背が低く小太り、口数は少なく穏やかに飲むタイプ。仕事は宝石商。
テーブルの上にはベルベットの内張りのあるアタッシュケースが広げられ
いくつもの宝石が並んでいた。
「ねえ、どっちがいいと思う?」
右手にメキシコオパール、左手にピンクサファイヤを光らせて りつ子ママが問いかける。
華奢な指にごろりとした指輪。台座が厚く 特徴的な細工を施してある。
りつ子ママからもらったルビーの指輪は
そのアタッシュケースに入っていたものだと悟った。
赤い偏光のメキシコオパールを指差し、今日のりつ子ママにはこっちですね、と言うと
りつ子ママは「じゃ、これにするわ」と小悪魔な笑顔を男性に向けて立ち上がり
あらゆる角度から石の光り具合を確かめながら店の奥へ消えていった。
残された宝石商はアタッシュケースをしまい、静かに出口に向かう。
「社長、終わり頃来てねー」とりつ子ママが奥から叫ぶと
宝石商は嬉しそうな表情になった。
照明が絞られ 店がオープンする。
オープニングの3日間の騒がしさは落ち着いていた。
店が終わると りつ子ママにホストクラブに連れて行かれつつ
2週間は過ぎていった。
更に2週間 延長して欲しいと言われたけれど、きっぱり断った。
「時々でいいから手伝いに来てな?」と言われたが
ホストクラブを含むりつ子ママのごり押しに
なんだかんだでつきあったのも 2週間というリミットがあってこそ。
治子に 私は辞めるけどがんばってね、と告げると
「今度同伴してね」と言われた。
人気も出て 今やすっかり自信がつき、2週間前とは別人のように大人っぽくなった。
「紹介してくれてありがとう」とも言われた。
この話はここで終われば良かったのだが。
◆◆◆ 目次 ◆◆◆
その夜は元々のバイト先である芦屋の店に出勤することになっていた。
そう告げると「終わったら電話ちょうだい」。
「じゃぁ別の日に」という返事ではないのはわかっていた。
りつ子ママは 最大限相手の都合にあわせているフリをして
自分の意思を通す術を知っている。
オープニングのヘルプは 最初は3日間だけだったのが
その時点では既に2週間に延びていた。
芦屋の店の終了は深夜1時。
店を閉め ヒロと面倒なやりとりをして芦屋を離れたのが2時前。
半分くらい中止勧告を期待してりつ子ママに連絡をしたけれど
予測通り決行宣言を受け 三宮で合流。
連れて行かれたのは北野にあるホストクラブ。
紹介したい人というのは そこにいるホストたち。
「この子 私の妹。学生やけどオープンだけ手伝ってもらうのよ」
りつ子ママの本物の妹さんも同席していた。
私が「りつ子ママの妹」として紹介されている間も 表情を変えることなく
自分のペースでタバコとグラスを持ちかえる。
妹さんが席を離れた時に「ママには妹さんがいるのに?」と曖昧な問いを投げると
「あの子は不憫な子やねん」とだけ言った。
不憫、という言葉を 実生活で初めて聞いた。
りつ子ママは つまらなそうな顔で席に戻ってきた妹さんに
「あんたはユタカでないとあかんなあ」と声をかけ 楽しそうに笑った。
生まれて初めてのホストクラブ。
ねっとりとした雰囲気なのかと思っていたら そうでもなく
なんでもない話がおもしろおかしく展開されていく。
へぇー、こんなところなんだ、というちょっとした好奇心の満足と
こんな時間にこんなところまでのこのこ来てしまっている自分。
オープンには必ず来てね、というりつ子ママの営業活動。
彼らは義理でも必ず来る。
オープニングは派手な方がいい。
それはわかった。
だけど、私は一体何をしているのだろう。
◆◆◆ 目次 ◆◆◆
そう告げると「終わったら電話ちょうだい」。
「じゃぁ別の日に」という返事ではないのはわかっていた。
りつ子ママは 最大限相手の都合にあわせているフリをして
自分の意思を通す術を知っている。
オープニングのヘルプは 最初は3日間だけだったのが
その時点では既に2週間に延びていた。
芦屋の店の終了は深夜1時。
店を閉め ヒロと面倒なやりとりをして芦屋を離れたのが2時前。
半分くらい中止勧告を期待してりつ子ママに連絡をしたけれど
予測通り決行宣言を受け 三宮で合流。
連れて行かれたのは北野にあるホストクラブ。
紹介したい人というのは そこにいるホストたち。
「この子 私の妹。学生やけどオープンだけ手伝ってもらうのよ」
りつ子ママの本物の妹さんも同席していた。
私が「りつ子ママの妹」として紹介されている間も 表情を変えることなく
自分のペースでタバコとグラスを持ちかえる。
妹さんが席を離れた時に「ママには妹さんがいるのに?」と曖昧な問いを投げると
「あの子は不憫な子やねん」とだけ言った。
不憫、という言葉を 実生活で初めて聞いた。
りつ子ママは つまらなそうな顔で席に戻ってきた妹さんに
「あんたはユタカでないとあかんなあ」と声をかけ 楽しそうに笑った。
生まれて初めてのホストクラブ。
ねっとりとした雰囲気なのかと思っていたら そうでもなく
なんでもない話がおもしろおかしく展開されていく。
へぇー、こんなところなんだ、というちょっとした好奇心の満足と
こんな時間にこんなところまでのこのこ来てしまっている自分。
オープンには必ず来てね、というりつ子ママの営業活動。
彼らは義理でも必ず来る。
オープニングは派手な方がいい。
それはわかった。
だけど、私は一体何をしているのだろう。
◆◆◆ 目次 ◆◆◆
この状況は何なのか、把握するのに時間がかかったけれど
結局のところ、りつ子ママの虫歯が悪化して 痛みで動けない、というだけの話。
一緒にいた女性はりつ子ママの妹さんだった。名前は忘れた。
「腹違いやけどな」とぽつりと付け加えられ
どう反応していいのかわからなくて まぬけな顔をしていたと思う。
一番早く診療できるところ予約して、時間が決まったらそこまで連れていって、と
保険証と携帯電話が渡された。
投げやりな口調と動作。
保険証には 私が知っているりつ子ママの名前ではない名前があった。
これが本名だということだ。
年齢が 聞いていたものより3つ上だった。
ポートピアホテルからすぐ近くの病院の予約をすぐに取る事ができた。
私が予約電話をしている間 りつ子ママは部屋の電話で声を荒げながら誰かと話をしていた。
病院予約が簡単に終わったので 私はその内容のほとんどを聞く事になった。
りつ子ママが話していたのはホテル側の方。
連泊しているために追加料金の支払いを求められて逆切れしている格好。
中内会長と知合いだから優遇しろ、と言っていた。
いわゆるクレーマー状態である自覚は 彼女にはないようだが
私は自分がよろしくない渦の近くにいることを完全に知った。
妹さんはタバコを吸って冷蔵庫のものを飲むだけで何もしない。
何も言わない。
ホテル側が結論を先延ばしにする形で話は終わったようで
ふらふらとほほを押さえたりつ子ママは洗面所にこもり
化粧をして歯医者に行く用意を始めた。
妹さんと二人きり。
彼女は小柄で細身のりつ子ママと姉妹とは思えないほど巨漢。
女豹系のきつい顔のりつ子ママと全く似ていない。
「ママの歯、痛そうですよね」と言葉を探して口に出してみたら
「んー」と返ってきただけだった。
車で行くほどでもない距離の病院に送り届け、私は一旦は解放された。
店の開店が翌日という日。
ミーティングの後 またもや一人だけ残された。
O部長が私に何か言いかけた時
「この子は今日は私と予定あるから誘えませんよ」とりつ子ママ。
BOX席のストールに座り おもむろにバッグを開け 小さな箱を私の前に置いた。
この前はありがとう、助かったわ、とりつ子ママ。
「あんたは私の妹ということにするから」と箱の中から
ルビーにメレダイヤがあしらわれた指輪を出した。
「私の妹がちゃんとした指輪の一つもないのはあかん。
店に出るときはこれつけといて」
ものを受け取ることで確実にNOが言えない状況になることは理解できたが
当時の私はどう断ればいいのかわからなかった。
りつ子ママの話はさらに続く。
「この後 紹介したい人がいるから一緒に来て」
NOと言って続くめんどくさそうなことと
YESといってやり過ごすことを天秤にかけ
後者以外に選択肢はないように思えた。
◆◆◆ 目次 ◆◆◆
結局のところ、りつ子ママの虫歯が悪化して 痛みで動けない、というだけの話。
一緒にいた女性はりつ子ママの妹さんだった。名前は忘れた。
「腹違いやけどな」とぽつりと付け加えられ
どう反応していいのかわからなくて まぬけな顔をしていたと思う。
一番早く診療できるところ予約して、時間が決まったらそこまで連れていって、と
保険証と携帯電話が渡された。
投げやりな口調と動作。
保険証には 私が知っているりつ子ママの名前ではない名前があった。
これが本名だということだ。
年齢が 聞いていたものより3つ上だった。
ポートピアホテルからすぐ近くの病院の予約をすぐに取る事ができた。
私が予約電話をしている間 りつ子ママは部屋の電話で声を荒げながら誰かと話をしていた。
病院予約が簡単に終わったので 私はその内容のほとんどを聞く事になった。
りつ子ママが話していたのはホテル側の方。
連泊しているために追加料金の支払いを求められて逆切れしている格好。
中内会長と知合いだから優遇しろ、と言っていた。
いわゆるクレーマー状態である自覚は 彼女にはないようだが
私は自分がよろしくない渦の近くにいることを完全に知った。
妹さんはタバコを吸って冷蔵庫のものを飲むだけで何もしない。
何も言わない。
ホテル側が結論を先延ばしにする形で話は終わったようで
ふらふらとほほを押さえたりつ子ママは洗面所にこもり
化粧をして歯医者に行く用意を始めた。
妹さんと二人きり。
彼女は小柄で細身のりつ子ママと姉妹とは思えないほど巨漢。
女豹系のきつい顔のりつ子ママと全く似ていない。
「ママの歯、痛そうですよね」と言葉を探して口に出してみたら
「んー」と返ってきただけだった。
車で行くほどでもない距離の病院に送り届け、私は一旦は解放された。
店の開店が翌日という日。
ミーティングの後 またもや一人だけ残された。
O部長が私に何か言いかけた時
「この子は今日は私と予定あるから誘えませんよ」とりつ子ママ。
BOX席のストールに座り おもむろにバッグを開け 小さな箱を私の前に置いた。
この前はありがとう、助かったわ、とりつ子ママ。
「あんたは私の妹ということにするから」と箱の中から
ルビーにメレダイヤがあしらわれた指輪を出した。
「私の妹がちゃんとした指輪の一つもないのはあかん。
店に出るときはこれつけといて」
ものを受け取ることで確実にNOが言えない状況になることは理解できたが
当時の私はどう断ればいいのかわからなかった。
りつ子ママの話はさらに続く。
「この後 紹介したい人がいるから一緒に来て」
NOと言って続くめんどくさそうなことと
YESといってやり過ごすことを天秤にかけ
後者以外に選択肢はないように思えた。
◆◆◆ 目次 ◆◆◆