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貴子という名前での生活がありました
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Y氏は 当時40代前半。
ゴルフが好きで 飲んで笑うのが好きで
ゴルフと酒以外はほぼ仕事漬けで 少し腹回りが気になる
よくあるタイプの小金持ちな経営者だった。

待合せに指定されたバーに おずおずと入り 言われた通りY氏の名前を出すと
「わぁYちゃん、 彼女ほんまに来やったでー、 よかったな~」 と
ばたばたとY氏のいる席に 案内された。
Y氏は よぉ来たなぁ、 と 遠来の客を迎えるように笑い、
腹減ってへんか、 余力あれば飲めよ、 無理して飲まんでええで、 と言った。
私は 少し前にお店で食べたフルーツのせいでお腹は空いていなかったが
適度に酔っていた。
その時間のホステスなんて みんなそうだ。

私に何を話すわけでもなく カウンターの中の
さっき私を案内してくれたおねえさんと 軽く下ネタを飛ばしつつ談笑するY氏。
どの程度 会話に参加していいのかわからず 落着きなくグラスをもてあそぶ私。
「歌うで」 いつの間にか歌う段取りのY氏。
流れてきたのは 松任谷由実の卒業写真。
へぇ~、 意外なセレクト...と Y氏を眺めていた。

♪ 悲しいことがあると・・・
歌い始めたその声は Y氏の外見からは想像できない程甘く、
抑えた声量はどこまでも優しく 耳に絡みつく。
ノリよく盛り上げることなんて出来ない程のカルチャーショックで
私は いつまでも目と口を開いて Y氏を見ていた。
Y氏を思い出す度に 頭の中でBGMとして流れるのは この時のこの曲である。

「学生時代にな、 バンドでプロ目指してた」 と 歌い終わったY氏は言った。
そして 私とY氏は いくらか話をした。
楽しい時間を過すと 酒も美味しい...楽しがってるやん、 私。
しかし 時が過ぎると 気になるのは帰宅時間。
夜中の2時をすぎていた。 親バレは最も避けたいこと。
そろそろ私...と 腕時計を見ながら切り出すと
Y氏は 時間というものの存在に初めて気付いたような顔をした。

「ほんまやな、 キリないな。 帰したらんとなぁ...でも もうちょっとだけ」 と
Y氏は 私を呼び出した理由を説明したい、 と
酔いと眠気で充血した目と 少しロレツおかしな口調で言い始めた。

自分(関西では二人称を指すことが多い)なぁ、 水商売 初めてやろ?
この先 ずっとホステスするんか?
小遣い稼ぎのつもりなんやろ、 立派な大学行ってるんやし。
そやったらなぁ、 水商売に慣れる前にやめとき。
この仕事がマイナスばっかりとは言わんけどな。

私の目も 酔いと眠気で充血していたはずである。
グラスの外側を流れ落ちる雫を じっと見ていた。

俺にはな、 娘がおるんや、 今 中学生や。
女の子のおる店は好きやで。
そやけど なーんの苦労も知らん子が
一生懸命おっさんの間に入って無理に笑ってるん見るとな、
娘とだぶってもーてあかんねん。
こんな時間まで 娘が帰ってこないなんて 父親としてたまらんねん。

わかりました、 やめます。
明日お店に言います。

涙目になった私は そう答えた。
「ほな 送ったるわ」

タクシーの中でぐったりする私。 もう眠りたい。
ん...?
運転手に告げる方向が不自然な気がする。
「なぁ 寄っていこか」
ビニール製のカーテンが見えた。

...ちょっと待ってーな、 娘の話は何やったんや。
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